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京都の夏は異様に暑い…。なぜか?
京都市は盆地だから…確かに北東西を山に囲まれた盆地ではあるが、南(大阪側)は開いている。
なのに異様に暑い…
暑さの原因はズバリ!
ヒトダマ (人魂)
である。
夏、墓場に飛ぶあの青白い炎…京都は、その長い歴史の中でたびたび戦が行われ、
成仏できず死んだ人は数知れず…
その数、他府県の比ではない。
何百年の時を経てもいまだ成仏できない無縁仏の魂たち…
何千、何万、何億というそのヒトダマが、
祇園祭の時期(7月)からお盆にかけて夜な夜な飛び交い、
京都の気温を上げるのである…。昼間はもちろん、夜でもネオンや街灯が煌煌と光る現代の市内では、
簡単にヒトダマを見ることはできない。
でもそれは確かに存在し、大量に渦巻いているのである。
この話を聞いて背筋が寒くなる人がどんどん増えれば、
京都の夏ももう少し涼しくなるでしょう…。ちなみに、京都盆地にいるヒトダマを、天に送ろうというのが、
五山の送り火 である。
この都市伝説の信憑性・・・38℃

岡島秀樹投手がマウンドに上がる前の独特の儀式。
まずは帽子のつばに貼られたお札(ふだ)をじっと見つめる…

そのあと、胸のお守りに手をやり祈る。
首輪は、悪霊退散のための結界の紋様となっている。京都市出身のプロの野球選手は多々おれど、今年一番の輝きを放ったのはやっぱり、
MLB
ボストン・レッドソックスの
岡島秀樹 投手(31歳、背番号37番)であろう。
レッドソックスのワールドシリーズ制覇に大きく貢献した
岡島秀樹は、京都市伏見区出身である。
さて、岡島といえば一番に思い浮かぶのが、あの
独特の投球フォーム。
ボールがリリースされる瞬間に下を向いて投げるという、
通称
『あっち向いてホイ投法』である。
某マンガの影響だとか、巨人時代に鹿取投手コーチと編み出したとか、いろいろ噂はあるが、真相は、
『見たくないものを見ないための投法』なのである。
編み出されたのは京都の高校時代、
東山高校 (京都での通称は『ガシ高』)においてである。
(ガシ高はお笑い芸人TIMのレッド吉田や漫画家みうらじゅんの出身校。男子校。)
高校はその名の通り、京都市の東山連峰の山すそにあり、
南禅寺、
永観堂といった歴史深き寺院に挟まれた位置にある。
そしてお定まりではあるが、そういう土地には
多くの 霊 がさまよっている。彼を知る人はみな知っていることだが…
岡島は非常に霊感の強い人間である。ガシ高に紛れ込んでくる幽霊も、岡島ははっきりと見ることができた。
右打席には生身の人間が立っていて、同時に左打席には幽霊の姿があるというシーンに彼はさんざん悩まされた・・・。
幽霊の姿が見えていては、まともな投球は出来ない。そこで苦心の末編み出したのが、
打者を見ずに投げるあの投法なのである。
この方法ならば、幽霊がそこにいても惑わされることはない。
さらに岡島は
悪霊退散のお札を帽子のつばに貼り、お守りを常に身に付け、身の安全を守るために結界を意味する紋様の首輪をしているのである。
それでも日本のプロ野球にいた頃は、なかなか完全に幽霊をシャットアウトすることができず、コントロールに苦しむシーンが多かった。
しかし
アメリカに渡ったとたん、制球力のあるピッチャーに生まれ変わった。なぜか?これは霊感の強い人が海外にいった時にありがちなのだが、
普段見慣れない外人に囲まれて、
どれが人間でどれが幽霊か、よくわからない状態になってしまうのである。
これは岡島に良い影響を与えた。彼がシーズン前半に絶好調だったのはそれが原因で、
幽霊を意識せずに投球できたからである。
しかしオールスター以降は、岡島も外人の顔に慣れてきて、外人の幽霊を見分けることができるようになってしまった。
だから
幽霊の多い土地に遠征した時には、打ち込まれるケースも増えたのである。
ワールドシリーズでの本拠地ボストンでは賞賛に値する好投をした岡島が、適地コロラドでホームランを何本も打たれてしまったということは、
コロラドは幽霊が多い土地、ということなのである。
アメリカ西部開拓時代、その土地で白人によって何千人ものインディアンが虐殺された。
その幽霊が見えてしまい、岡島は恐かったのである。
とにかく岡島は、
勝っても負けても、いつも暗い顔をしている。それは、
霊感の強い人にありがちな大きな特徴 なのである。
この都市伝説の信憑性・・・37%

北海道札幌の
『白い恋人』三重県伊勢の
『赤福餅』いまおみやげの定番お菓子が、
不正まみれで危機を迎えている。そして京都の定番お菓子といえば
『八ツ橋』である。
『八ツ橋』は大丈夫なのか?
答えはズバリ、
大丈夫!である。
『八ツ橋』は京都市発祥の銘菓だが主に4社が扱っている。
聖護院八ッ橋総本店(聖・ひじり)
井筒八ッ橋本舗(夕子)
本家西尾八ッ橋(あんなま)
おたべ
である。この4社はつねに競い合い、あの手この手で客を奪い合っている。
そしてお互いの会社にはお互いの
スパイが入り込んでいる。つまり
不正があればすぐにライバル会社にバレてしまうのだ。
白恋や赤福のように
『独壇場』だった会社は、不正もし放題であった。
しかし他社の
産業スパイの目 にいつもヒヤヒヤしている八ツ橋組は、生産上の不正は元からできないのである。
もちろん、4社が不正の談合をしていれば話は別だが、
八ツ橋を扱う会社だけにダンゴはないでしょう…。この都市伝説の信憑性・・・48%

鴨川に等間隔でならぶカップルたち…『鴨川の三条河原でデートしたカップルはうまくいく…』という噂が京都にはある。
カップルが等間隔に並んで座ることで有名な、あの河原である。さらに、
「三条河原デートの後は、肉体関係を持つ確率が高い」という。いったいなぜなのか?
三条河原にいると、意識にはなくてもどこか不安な気持ちになる。
…これには京都の深い歴史が関わっている。
そう、
三条河原はその昔、処刑場だった のだ。
石川五右衛門の釜茹での刑をはじめ、何人もの罪人がここで磔(はりつけ)や斬首刑となり、その首や遺骸がさらされた。
ここでの処刑は
『見せしめ』の意味合いが強かったため、より残酷な処刑方が取られ、まさに阿鼻叫喚の三条の惨状、絶望の景色であった。
やがて明治になり処刑場は閉鎖、その土地は物好きなカップルが恐いもの見たさで訪れる、
お化け屋敷的スポットとなった。
現在は、そこが
心霊スポットだったことを知らないカップルばかりであるが、当然、死者の怨念と亡霊はいまだそこに渦巻いている…
そんなところに長時間いると、知らず知らずのうちに不安に駆られ、自分の身に危険が迫っているかのような錯覚に陥るのである。
人の
性的欲求が高まる場合には様々な要因があるが、その中の一つに
「自分に死期が迫っていると感じ精神不安定になった場合…」というものがある。
明日は決戦という武士や、出兵前日の兵隊さんなどは、妻や恋人に対し異様に性欲が高まったという。いわゆる生殖本能で、
自分が死んでも子孫は残したいというオスの本能であり、女もそれを感じ取って受け入れるのである。
飛行機に乗る前はエッチな気分になる、とよく聞くが、これも似た心理である。
三条河原で、罪人の怨念に取り囲まれたカップルは、知らず知らずのうちに情緒不安定となり、刹那的な気持ちになって本能的に性的意欲も高まってくるのである。 恋愛には
『吊り橋効果』という心理作用もある。
カップルで高い吊り橋を渡るとしよう。その恐怖心から鼓動はドキドキ、精神的に昂る。そしてそのドキドキを、ともに橋を渡った相手への恋のドキドキと勘違いしてしまうのである。
三条河原ではその
吊り橋効果も存分に期待できる。
カップルの脈拍は正常値よりも必ず上がる。 その原因はあの
等間隔の隙間に、青白い顔の幽霊が座っていて、本能的にそれを察知しているからである。しかしはっきりとは気づかず、
高まる鼓動と緊張感を、相手への恋愛感情だと勘違いしてしまうのだ…。
これらの目に見えぬ亡霊の影響による、意識せぬ恐怖心が原因で三条河原のカップルは深い恋愛に陥っていくのである…。この都市伝説の信憑性・・・30%

ともに日本の未来のために奔走した海援隊の坂本龍馬と陸援隊の中岡慎太郎1867年京都近江屋にて、幕末の志士海援隊隊長の
坂本龍馬 は、押しかけた刺客に頭部を斬りつけられ、
暗殺 された。
その時龍馬とともに襲われた陸援隊隊長の
中岡慎太郎 は、腹を刺されたが即死せず、二日後に死んだ。
瀕死の慎太郎が語った内容により、龍馬の最期の言葉や刺客の訛り口調などが後世に伝えられることとなった。
土佐藩が生んだ二人の英雄を暗殺したのは、見廻組の佐々木只三郎らであるという説が今では一般的だが、真相は謎である。
龍馬暗殺が劇やドラマになる時は、より名前がメジャーな
『新選組』の土方歳三や近藤勇 が暗殺犯となることが多い。
最近では『
薩摩藩の大久保利通 が黒幕ではないか?』という新説も出ている。
とにかく幕末ファン、歴史ファンにとって、龍馬暗殺の真犯人を探すことは永遠のテーマなのであるが、ここに二つの謎が残る。
ひとつめ…
刺客に襲われた時、龍馬は帯刀していなかった。なぜか?(一般的には、龍馬が刺客を近江屋の者と勘違いしたといわれる…。)ふたつめ…
腕の立つ剣士だった龍馬を、あっという間に絶命させるほどのプロの刺客なのに、慎太郎の死は確認せずに帰った。なぜか?(一般的には、中岡は仮死状態から蘇生したといわれる…。)ふたつの謎に対する一般論は、いかにも取ってつけたようで不自然である。
そして
不自然さの残る事件には、必ず裏があるといっていい。
ここで迷宮入り殺人事件の犯人を探すときの鉄則を考えてみよう…。
それは、
『一番意外な人物を疑え!』である。
一番意外な人物、そう、
龍馬暗殺の真の犯人は中岡慎太郎 その人である。
そのキャラクター性からか、海援隊の坂本龍馬はつねに歴史の表舞台に立ち、小説などの影響もあり人気も抜群である。
一方、陸援隊の中岡慎太郎の名を知るものは一部の歴史ファンのみ。
しかし、龍馬が大きく関わったとされる
薩長同盟 や
大政奉還 も、実際にはほとんど慎太郎の奔走によるものであったとの説が、歴史家の間に持ち上がりつつある。
つまり、実際に日本の歴史に貢献したのは慎太郎、売名行為で美味しいところを持っていったのが龍馬…という構図が出来上がる。
また、日本のあり方についての意見でも
両者はたびたび対立した。アメリカかぶれの龍馬 に対し、
攘夷派の慎太郎 がついに
『切れる』時が来た。
慎太郎は部下の陸援隊隊士をも部屋に呼びつけ、互いに意見をいいあっていたが、龍馬が考えを変えぬと分かると、怒って立ち上がり突然に斬りつけた。
意見が違うとはいえ同郷の仲間だと信じていた慎太郎に斬りつけられた龍馬は、元から帯刀もしておらず、致命的な傷を額に受けてしまった。
それでも最期の抵抗で刀をたぐり寄せ、慎太郎の腹に一撃を見舞った。
慎太郎は自分の傷は致命傷ではないと判断。
即座に部下に指示し、陸援隊が部屋にいたことを知る近江屋の下男などの殺害を命じた。
(一般的には下男が殺害されたのは、刺客が龍馬を襲う前とされる)また、口裏を合わせ、部屋には龍馬と慎太郎しかいなかったこととし、陸援隊には現場を離れるよう命じた。
この後、事件を聞いた龍馬の部下(海援隊)が現場に駆けつけ、龍馬の遺体と重傷を負った慎太郎を発見。
慎太郎は自分が龍馬を殺したことを隠すため、まるで見廻組か新選組にでも襲われたかのような話をでっちあげた。
その後、慎太郎の傷は自身が思ったよりもかなり深く、二日間苦しんだ上、ついにこと切れた…。
これが
龍馬暗殺の新説 である。
龍馬と慎太郎が実はあまり仲が良くなかったということは、最近いわれ始めたことだが信憑性は高い。
そして中岡慎太郎真犯人説により、先に上げた二つの謎も解決できる。
が、慎太郎が真犯人となると、
歴史上また別の矛盾点 が出てくることにもなる。
やはりこの事件の真相は、永遠に謎なのだろうか?龍馬と慎太郎の墓は、京都市霊山護国神社に今も並んで立っている。
この都市伝説の信憑性・・・29%

京都でも一、二を争う有名寺院
『清水寺』(きよみずでら)
そしてあまりにも有名な
清水の舞台 …。
何か思い切った行動に出ることを
「清水の舞台から飛びおりた気で…」というが、昔の人は実際にこの舞台からよく飛び降りた。
清水寺の歴史は1200年以上あるが、舞台のある本殿は江戸時代に再建された。
最初に飛び降りたのは若い男で、恋に破れて人生を悲観しての自殺目的であった。
ところがいざ飛び降りて見ると、13メートルという中途半端な高さと、まわりに生える木々にひっかかり地面に直撃せず、死ねなかった。
振ったはずの男のこの行動に感動した女は、やがてその男と結婚し幸せな家庭を築いた。
そのことをきっかけに
清水寺の観音様に願をかけて、
舞台から飛び降りれば必ず成就するという伝説が生まれた。
その後、飛び降りる人は年間数人…江戸時代の記録によると、トータルで約420人が飛び降りた。
ことの発端が恋話だから、好きな相手への想いをかけて飛ぶケースが多かったという。
骨折、ねんざなどの後遺症が残る確率はかなり高いが、
死亡率は15% と低い。
そして飛び降りに成功した場合の
念願成就率はほぼ
90% 近かったという。
しかし、下半身不随になり相手にも振られ、一生を不幸のままに過ごしたという例もあるので、やはり飛び降りは
大きな賭け といえよう。
明治時代になり政府から
『清水の舞台飛び降り禁止令』が出されるとともに失敗したケースが広く流布され、飛び降りる人はいなくなった。
その代わりに、本堂北にある鎮守社『地主神社』が縁結びの神さまとして若い女性やカップルに崇められるようになった。
この都市伝説の信憑性・・・49%

東山七条を西にいった三十三間堂(蓮華王院本堂)には、1001体の千手観音像がある。
「1001体の中には必ずアナタとそっくりの顔をした像があります」とは、たいがいのガイドさんがいうセリフである。
修学旅行の学生さんなどは、一生懸命自分や友達に似た顔を探そうとするが、そう簡単に見つかるものでもない。
なぜなら、ガイドさんの説明に少し間違いがあるのだ。
実際には、人が成仏した時の顔があるのである。つまり、
「アナタの死に顔とそっくりの顔の像が必ず一体はある」のである。
人が絶対に見られないもの、それは自分の死に顔である。
逆にいうと、自分の死に顔を何かの拍子に見たとたん、その人は死んでいることになる。
だから、三十三間堂の千手観音像群の中で、異様に親近感を持つ像の顔を見た瞬間、その人は死んでしまうのである。
鎌倉時代には、このように拝観者が死んでしまう事件がよく起きた。
そこで室町時代に入ってから、お寺ではあるまじないをかけて、死者が出ないようにした。
当時千体だった観音像に1体足して1001体としたのである。
奇数は割り切れない。
つまり、命も割れたり切れたりしないという、まじないである。
このまじないは今も効いていて、たとえ自分の死に顔を発見しても、即死することはない。
ただし、死に顔と今の自分の顔が似ているということは、
死期が近いということになる…。この都市伝説の信憑性・・・33%

河原町三条のあたりは京都でも有数の繁華街で、飲み屋も多い。
夜、この辺りで飲んでいると、なぜか日本の未来を熱心に語り始め、さらにはだんだんと高知弁になってくる人がいる。
「日本を何とかせにゃいかんゼヨ!」などと言い出すのである。
こういう人はまず
「坂本龍馬の霊」が取り憑いたといっていい。
そう、河原町三条のあたりで幕末の志士坂本龍馬は暗殺されたのである。
志し半ばで逝った龍馬の霊が、まだ下界をさまよっている。
酒豪だった龍馬は、酔った若者に取り憑くのである。
龍馬の霊に取り憑かれないようにするには二種類の方法がある。
ひとつ…龍馬は大の
クモ嫌い だったというので、クモの絵か飾りを身につけておく。
ひとつ…龍馬と敵対していた
新撰組 の証
『誠』の文字を体のどこかに書いておく。
京都でクモのタトゥーを入れる若者が多かったり、スパイダーマンや新撰組のグッズがよく売れるのは、これが理由である。
この都市伝説の信憑性・・・31%

京都の都市伝説を集めて、ブログにアップしていきたいと思っています。
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